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ウスクダラ〜『夜の木版』〜の出来るまで

先週末の土曜日4/9は夜の音楽のライブ@横浜エアジン、インドのゴンド族の神話をもとにインドのチェンナイで、手作業のシルクスクリーンで刷られた絵本『夜の木』をゲストのMieko Muramatsuさんに朗読して頂きつつの演奏でした。お越し頂いたお客様、配信をご覧頂いた方、ありがとうございました。

今回、絵本の中では4番目に置かれている『創造主のすみか』と題された詩を読んだ時に、トルコ(イスタンブール)民謡として有名な「ウスクダラ(Üsküdara)」とそのアレンジがスッと頭に浮かんだ。

想像主のすみか-s


『創造主のすみか』の詩の内容は以下の通り。

『菩提樹は創造主のすみかだ。インドではたいそうあがめられている木で、森に住む人からも愛されている。祈りを込めて木の幹に水を注ぐために遠くから訪れる人が跡をたたない。菩提樹は完全な木ともいえ、その形を陽に透かして見ると、葉っぱの形と同じなのだ。細部に全体が宿っているという事だ。』

特に『木全体の形を陽に透かして見ると、葉っぱの形と同じ。細部に全体が宿っている』という部分、私自身ある角度から木を見てそう感じる事も多々あるし、野菜のロマネスコのように極端にフラクタル構造に寄った自然の造形を見ると、ついつい気合いを入れて写真を撮ったりもする。


そして、J.S.バッハのフーガ形式で作曲された楽曲も、その構造を譜面と音で見聞きする度にその構造に同じ幾何学的な…ある意味数学的な美しさを感じる。

またトルコ/イスタンブールにはアヤソフィアというジャーミィ(モスク)がある。元々は東ローマ帝国時代に建てられたキリスト教正教会の大聖堂だけども、後にオスマン帝国によるコンスタンティノープルの陥落が起きて以降、イスラム教のモスクとして使用されている。その建物内部にはやはり数学的な美の極致ともいえるイスラム幾何学をベースにしたデザインの壁や天井のラインが施され、歴史的重厚さを持ってそこに存在する。

建築時には「大聖堂」ゆえ、キリストや聖母子のモザイク画が描かれていたが、モスク時代にはそれが全て漆喰で塗り込められていたが、現在はその漆喰がはがれ落ち、そのモザイク画があらわになっている。普段は布を使ってあまりおおっぴらには見えないようにはなっているが、ひとつの壮大な建築物の中に二つの宗教を象徴するものがこういった形で同居している、唯一無二の建物ともいえるのかもしれない。

私自身は2007年にGHOSTというAcidFolkのバンドでトルコのBabylonというハコでライブを演らせて頂いてるのだが、実はその時はこのアヤソフィアについては予備知識は無く、ブルーモスク観光帰りにそのアヤソフィア前でピースサインで写真を撮るおのぼりさんだった。

ピースサイン2007


そのツアーから帰ってしばらくしてから、インドのバンスリを吹く寺原たろうさんから夢枕獏著の「シナン」という上下巻の小説を勧められ、その内容の面白さにほとんど一気読みした。若き建築家シナンがアヤソフィアに魅せられ、それを超えるモスクを建てるまでの話といえるが、そのアヤソフィアが自分がピースサイン写真を撮った建物だという事にその後気付いた時の…1人身悶えするような気恥ずかしさとか後悔とか…を感じつつ、もし次にトルコ/イスタンブールに行く事があれば、絶対に行くと心に決めていた。


時系列での飛び飛びの話になるが、2008年12月にすみだトリフォニーホールで行われたトルコ人ピアニストのファジル・サイとトルコ人パーカッショニストのブルハン・オチャルのDuoというライブがあり、大好きなアーティストの競演という事もあり、発売日に予約、最前列に近いところで見る事が出来た。さらに嬉しかったのは、全く別の日本のオーケストラ公演のソリストとして来日していたパトリツィア・コパチンスカヤが、前触れ無しのスペシャルゲストとして、このサイとブルハンのDuoコンサートに参加、3人の超個性的な、そして自由なアンサンブルは衝撃的に素晴らしかった。そしてその時に聞いたウスクダラの鳥肌の立つ美しさ…が、ひときわ強烈な印象としてずっと余韻を放っていた。


その翌年、2009年にベリーダンススタジオ「ダンスアラベスク」主催のNenupharさんこと松本眞寿美さん企画の「リュヌド」というベリーダンスイベントで、音楽監督&演奏を任された時に、そのウスクダラの感動と、そのアヤソフィアの独自性を何か盛り込みたいという気持ちで、イントロ部分にバッハのフーガで使われる…声部が重なって行く時の5度転調の対位法的アプローチをそこに盛り込み自分なりの物を作りあげる事が出来、実際に大所帯アンサンブルで演奏出来た事は、これもまたなにか自分の中ではとても印象的な出来事でもあった。

そして、トルコの音楽も大いにカラミのあった某メーカーのシンセサイザーの大きな仕事の終わった2010年、ダルブッカにおけるモダンターキッシュ・スタイルと呼ばれるインドルーツでありながら、トルコで独自の発展をした独自のテクニックを、生で見て体現すべく再びイスタンブールに行き、着いた次の日にEMIN Percussionでの滞在中の継続レッスンを決めることが出来、そのテンションのまま速攻でアヤソフィアに向かったというのも記憶に新しい。

夢枕獏の小説「シナン」の…そのシナンが「ここには神が居る」と言わしめたアヤソフィアのドームの下に立ち、実際にモザイク画を見た時の感動たるや…やはり鳥肌がおさまらない。

モザイク画


他のジャーミィには無い「何か」…その昔宇宙を満たしていたと考えられていた物質エーテルのような…なにか「密度感」のあるもので満ちているような不思議な感覚があった。ドーム内部の天井はもちろん、通路の壁ひとつとってもどれほどの知恵とアイディアと労力と技術が詰め込まれているのだろうかと…気が遠くなるような感覚に何度も襲われ、人が宗教に向かう時のエネルギーの莫大さとその総量の底知れなさの「圧」のようなもの…の「名残り」なのか、実は知られていない「何か」がもっとそこにはあったのかもしれないような感じもした。

そしてそこから12年経った、つい先日の2022年2月末からの体調不良である。2週間近くは寝ている事がほとんどの毎日、最初の頃は寝ても寝ても、いくらでも寝られるような状態で日数だけが過ぎていく状態で、そこから少し回復しても「読む」や「見る」といった行為がとてもつらい状況だったので、やはり音楽を聞いている事の方が多かった。相方が気を利かせてAppleMusicに備わっている機能のプレイリストから「よく寝られるバロック音楽」というのを選んで小音量でかけてくれた事もあり、素直にそれを聞いていた。

最初はG線上のアリア、「主よ人の望みよ喜びよ」あたりがかかってて、しばらくするうちに「小フーガト短調」…高校生の時に音楽の授業で聞いて、ずっと好きだった曲のひとつ…がかかった。これを聞いてるうちに、自分でアレンジしたウスクダラのイントロ部分を中間部で再出現させて、そのまま小フーガに持っていけそうだとか、あまり回転していない頭で考えてたりした。

そして、今回の「夜の音楽」の「夜の木」である。『創造主のすみか』である。
最初はMieko Muramatsuさんからメンバーに抜粋で送られてきた絵本の写メで、この短い詩を読んだ時に「あ!!」と、ウスクダラと結びついた。


『菩提樹は完全な木ともいえ、その形を陽に透かして見ると、葉っぱの形と同じなのだ。細部に全体が宿っているという事だ。』

ウスクダラというトルコ民謡の中にバッハを出現させる事が、なにかアヤソフィアの天井の塗り込められていたモザイク画がはがれ落ちて…という映像に脳内レイヤーされて、また鳥肌が立ち…今回のアレンジが頭の中でパタパタっと組み上がった瞬間だった。


あとはそれをDAWでなぞりながら、音を繋げていく…という作業。実際は最終リハーサルの段階でもまだバッハからウスクダラへ戻る受け渡し部分がしっくり来なくて…その後もアレンジを繰り返して、譜面が完成したのが4/3…本番の1週間前。その本番までの短い期間で仕上げていただいたShezooさん、加藤里志さんに本当にこの場を借りてお礼申し上げます…本当にありがとうございました。

自己完結といえば自己完結、自己満足といえば自己満足だが、自分としては最終バージョンのこのウスクダラ、演奏も含めてとても気に入っております。もしよかったら、まだ配信で聞く事が出来るので、ご興味のある方は是非。

そして、自分勝手な「ウスクダラ〜『夜の木版』〜の出来るまで」を読んで頂いた忍耐強い方にも感謝致します。

2022.4.12(火)立岩潤三

===
ライブにおけるアンコール「ひまわり」はこちらで無料で視聴可能です。

https://twitcasting.tv/f:3699368336770832/movie/727584130

ライブ全体の配信チケットはこちらになります。

https://umemotomusica.stores.jp/items/6239d3ed4773a3130638e337?fbclid=IwAR2Pq-Ckcrzv9hKrC4OBAqyLTApA0xqbOUacgpCRKfXUBZWCK3EvOmJNLoo

以下、セットリストです。

==
Op. そして、それから‥~地底と夜を繋ぐ蓮の花~ / 加藤里志

「夜の木」
1. 闇夜に光る木 :黄金時代 / J. Ibert
2. 客人たちが帰る
3. 木の創造      
4. 創造主のすみか :Uskudara / Turkish Trad+Bach / Arr.立岩潤三
5. ドゥーマルの木
6. 蛇の女神
7. 蚕のすむ木
8. 孔雀         :Nacht / Berg
9. 果実の誕生
10. リスの夢 :猫たちの肖像画 / shezoo
11. うたの木 :Bhairavi Dhun / S.Parvez + Harmoniz. 立岩潤三
12. 蛇と大地      
13. 永遠の愛しい愛 :Somewhere / L.Bernstein
14.飲み過ぎにご用心 :Torudion / B.P.Attaignant / Modulation 立岩潤三
15. センバルの木に放たれた矢:O fortuna~In trutina / C. Orff
16. からみ合う木 :Sentier dans les bois / A.Renoir
17. 蛇の頭の木
18. まもってくれる木 :Mother Love / shezoo
19. 12本の角のある木 :鳥の歌 / カタルニア民謡

Enc.
ひまわり / H. Mancini

出演:夜の音楽
   加藤里志(sax)
   立岩潤三(percussion)
   shezoo(piano)
ゲスト:Mieko Muramatsu(朗読)
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フランク雑話(ふらんくざっぱ)/Peaches En Regalia/FrankZappa

「マツコの知らない世界」に出てたおはぎ好きのビキニフィットネスアスリートの安井友梨さんのインスタとかにおはぎ情報あるかなと探してて発見した記事を読んでて、自分の20年前の事をふと思い出した。

このFC2ブログに転記したような記憶もあったけど、見当たらなかったので改めて記事を掘り起こして、こちらに転記してみる試み。文体もその頃のまんまですw

==
フランク雑話(ふらんくざっぱ)

●出会い編●

私とFZの出会いは、そう忘れもしない...え~と19才の時かはたまた20才の時かなんにしろまだ若かったころの話しなわけさ。ええい、細かいことはいいんです。(笑)

当時フュ-ジョン小僧からプログレ少年に進化(?)しつつあった私は知人に「Open The Next Page」/Black Pageっていうレコ-ド(!!)を借りて、結構気に入っておりました。んでもって近々ライブがあるという話を聞き、今は無き新宿サウンドハウスというライブハウスにそのバンドを見に行ったわけ。んでそのレコ-ドの曲をノリノリで聞いておったのですが、Kbの小川文明さんが「次はカバ-やりま~す!!」ってことで演ったのが「Black Page #2」だったわけだす。

いやあ、そのときの衝撃はすごかったです。後で聞く「Zappa in New York」のそれとは全然違った音だったのをはっきり憶えております。メロは多分Kb(現奥様のTamikoさんも弾いてたのかな...だったらKb×2?)とギタ-のユニゾンの音がけっこうすさまじかった。後のライブでもよくMini Moogとか使ってたから、このときもMini Moogだったのか、はたまたGtrがオクタ-バ-とかかましてたのか、とにかく分厚い鋼鉄のワイヤ-か、はたまた極太のライト・サ-ベルか、そんなような音のイメ-ジだけが残ってます。(印象だけが時間とともにデフォルメされてる可能性大...(^_^;))

それ以上に衝撃的だったのがノリノリの8ビ-トだったものが、へ-んなリズムであれれ?っていうまにアタマが一瞬どこかへ消え、1/5/9thのコ-ドが平行移動した時にアタマに返ってくる...リズムが伸び縮みしてるような、とにかくこれまでに聞いたことの無い音楽に、その日はその1曲の興奮のおかげで夜悶々と眠れなかったのを記憶しております。

で、ZAPPAに詳しいという知人のドラマ-に「Zappa in New York」をテ-プにダビングしてもらい、しばらくはヘビ-・ロ-テ-ションどころではなく、それしか聞いてなかった。(笑)

全てはそこから始まりましたねえ...。(しばし懐古モ-ド)

でおなじ人から「Halloween Live '81」という海賊ビデオを借りてしまったことでトドメを刺されました。この中でやってる曲の気に入ったものが入っているレコ-ド(まだまだっ!!)を渋谷タワレコ(当時は今の石橋楽器のあるJeans Mateの上だった)でFZのコ-ナ-に行き、「おおっ!!こんなにたくさんあるじゃないか...こんなんお金がなんぼあっても足りへんやんっ!!」と思いながらもその顔は喜悦の表情だったと思われる今日この頃、食費を削ってレコ-ド買いまくってました。

一番の出費は当時廃盤になってた「ZAPPA IN NEW YORK」。ダビングしてもらったテ-プも伸び切ってたし、なんとかレコ-ドをゲットできないものかとそれこそ新宿、渋谷、高田馬場等々探し回ったのですが、灯台下暗し...明大前のモダ-ン・ミュ-ジックで発見。値段が¥15800-也。目が点。でも欲しい。あのビンボ-な当時どうやって工面したのかは忘れてしまったが、見つけたその日から数日以内にゲット...その時の至福感はどうやって表現できるか?否、できないであろう。(笑)

こきたない格好のあんちゃんが喜悦の表情を隠しきれずに1枚のレコ-ドを抱きかかえ、京王線に乗ってる姿は...回想したくないぞう...。

●「Peaches En Regalia」編●

で、話しは飛んで、先日の2001.12.4に吉祥寺はマンダラ2で行われた「Freaks!! Freaks!!」FZトリビュ-ト企画ライブ@マンダラ2のステ-ジにてポチャカイテマルコが演奏した「Peaches En Regalia」のハナシです。

1994年、私はKORGという楽器メ-カの営業技術課という修理/修理パ-ツ発送部門で準社員をやっておったのですが、バブルの崩壊とともに準社員は解雇となり「ああ、またバイトをさがさにゃアカンのか~...。」状態でした。その時同じKORGのWAVE DRUM開発部署から声がかかりそちらで働くことができるようななったのでした。

最初は「スティック関係のアドバイザ-」的な立場でやってたのですが、やはり開発には色々な特殊な知識が必要で、それはもう忙しさとプレッシャ-で大変なうえに毎日が勉強につぐ勉強でした。(夏休みに分厚い本を4~5冊渡されて「参考までに読んでおいて」...とか(^_^;))

確かに充実してたし、その時期のデジタルオ-ディオやシンセサイザ-の知識のスキルアップは現在の自分においてもとても重要な通過点だったかもしれません。

ただ、そういった時間の流れにいる以上これまでのペ-スで作曲、Drumsの練習、自分の音楽活動みたいなものがほとんどできなくなったのも確かです。「かなりコアな音楽の仕事をしてるし、キライじゃないというか本来好きな作業だし...このままでもいいのかなぁ...。」と思い始めている自分がいました。

こういった思いがつのり、プレイヤ-として上京してきた自分に疑問を投げ掛けつつも、そのうち忙しさやら疲れやらで、自宅の録音システムは眠ったまま、自分で音楽を聴くことすらどんどん少なくなっていってしまい、体調を大きく崩してしまうことになってしまいました。

最初は食欲不振だったのですが、そのうち食べ物を受け付けなくなってしまい記憶にの残っている最悪の状態だと、「せめて、糖分を...」と思って買ってあったプリンを食べようとして半分も食べないうちに吐き気をもようし、結局その日食べたものはそれだけ...という日もありました。

それにくわえて不眠(これはホントにツらかった...)無気力感など、でも熱があるわけでなかったので病院にも行かずに過ごしてたのですが、その当時に新聞かなにかで「躁鬱病」の症状と酷似していて、かなりショックを受けました。自分でそういう関係の病院を探したりもしたのですが、病院でそういう診断をされるのが恐くて(仕事を続けられなくなると完全に失業する!!)なんとか自分で直さなければと、実はそういう本を買って実践してました。かなり本気で。ただこういったタイプの治療って時間がかかるらしく、「ああ、もう若かりしころの食欲とか戻らないのかもしれない...。」とかかなり嘆きつつも気長に自分なりの治療を行ってました。(ホントは絶対医者にかかったほうが良かったのでしょうが...シロウト治療は恐いと思うし...。)

そのうち食欲は戻らないまま血便が出たりして「う~ん、いよいよまずいな~...(^_^;)」とけっこうマジメに「死」というものを身近に考えてたりもしてたので、一発奮起、病院にて徹底的に検査を行いました。バリウム&レントゲン、そして胃カメラもこのときに初めて体験しました。結果、内臓的には胃炎をおこしているだけ(?)だったのでもっといやなことに想像を膨らませてたので、かなり安心しました。

でも病院でもらう薬ってやっぱ副作用が有り、それは躁鬱病的精神面にはよくなかったような気もしてます。

ずいぶんと前振りがながかたのですが、こういったどうしようもない時期に、ある日当然しばらく使ってなかったカセットのWalkManを引っ張り出してカバンに突っ込んで出社、桜上水駅に降りて歩き始めてから入っていたカセット「Hot Rats」をなにげに聞き始めたわけです。

そしたら、なぜか「Peaches En Regalia」を聞いてるうちに涙が溢れてきて止まらなくなってしまったのでした。何故に唐突にそういう思考になったのかは、そういった変な精神状態の成せる業だったのかもしれないのですが、言葉にするとなんて陳腐になってしまうのかと、今書きながら自分の文章表現力やボキャブラリ-のなさに幻滅しつつ、

「生きてるっていいなあ、音楽っていいなあ...。」

「やっぱ、自分は“音楽”をやらなければなんだ、きっと...。」

という「感じ」が「ぐじわぁ~」と沸き上がってきたのでした。

FRANK ZAPPAの「Peaches En Regalia」という曲で、この時からの状況が全てが良い方向に転じたとは言いません。が、自分の生き方としての方向性を軌道修正してくれた(もしくは、そのキッカケを与えてくれた)というのは間違いないです。

FZはひょとしたら命の恩人なのかもしれません。そういうこと言ってると、「俺が死んだら、俺のことなんかみんな忘れちゃってくれていいんだよ。」と言ってたFZにとってはうざいだけかもしれないのですが...ね。(酒飲んでこの話をすると、いまだに数分は再起不能になってしまひます。)

そういったあれで、12/4の演奏でも最初のアノDrumsのFill Inを叩いたときには、このような思い出が一瞬頭の中を走り抜け、全身に鳥肌が立ってたことをここに暴露しておきます。

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マハトマ・ガンジー名言集

マハトマ・ガンジー名言集

すべての人の目から
あらゆる涙をぬぐい去ることが
私の願いである。


私には世界に教えることは
何もありません。
真実や非暴力はあの丘と
同じくらい昔からあるのです。


束縛があるからこそ
私は飛べるのだ。
悲しみがあるからこそ
高く舞い上がれるのだ。
逆境があるからこそ
私は走れるのだ。


自分が行動したこと
すべては取るに足らないこと
かもしれない。
しかし、行動したという
そのことが重要なのである。


暴力によって得られた勝利は
敗北に等しい。
一瞬でしかないのだから。


弱いものほど
相手を許すことができない。

許すということは
強さの証だ。


もし、ただ一人の人間が
最高の愛を成就するならば

それは数百万の人々の
憎しみを打ち消すに
十分である。


「目には目を」
という考え方では
世界中の目を
つぶしてしまうことになる。


世界の不幸や
誤解の四分の三は
敵の懐に入り
彼らの立場を理解したら
消え去るであろう。


握り拳と握手はできない。


明日死ぬと思って
生きなさい。
永遠に生きると思って
学びなさい。


あなたの夢は何か
あなたの
目的とするものは何か

それさえしっかり
持っているならば
必ずや道は開かれるだろう

CANON TS8030でレーベルプリントが出来なかった件

ドライバやCanon Quick Menu、Canon Image Garden全ての再インストールやPRAMクリアとか、Macのシステム環境設定でドライバを一旦消して、再度設定するとか…昨年末から散々試してCanonのサポートにも連絡をとってたけど、原因が分からないままだった件。

まだプリンタ自体が出たばかりみたいだったので、同じ症状は最初検索しても見つからなかったけど、今検索してみたら「価格.com」の同プリンタの口コミページに同じ症状の方が見つかった。

最終的には…

『My image Gardenの環境設定で「OS標準の機能を使用して印刷/スキャンする」のチェックを外す』

…とMy image Gardenでディスクレーベル印刷ができるとの事で、同じように設定してみると、以前のMG5430で見慣れたプリントダイアログが出て、無事に印刷する事が出来た…。

いやあ〜…今回は苦労した…(´Д` )

っていう事はCanonさんのソフトの「環境設定」の内容がプリンタを買い換えて、ドライバも新しくなった時に、その設定内容の引き継ぎが出来てなかった…って事なのかな?

なんにしろ、これで無事にまた作業できる事にホっとする…(^_^;)
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立岩潤三

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